第三場
(奥に、大尽屋敷。手前に田畑、作物は枯れている図)
キジ 『七代目の三九郎 兼通は、若き頃より書を好み、短歌・俳句を作り、琵琶を
奏でる風流人でございました。
少々、体が弱かったこともあり、家屋敷から出ることも少なく暮らしていた
のでございます。
「飢饉」と聞いても、兼通にとっては、外の世界の出来事。「米がないなら、
麦を食えば良い。麦が取れぬならば、豆があるではないか。」と、村人の窮
乏には、トンと関心のない様子でございました。
しかし、いわゆる天保の大飢饉の年、世情に疎い兼通も、すさまじい飢饉の
ありさまを、知ることとなりました。』
(兼通、屋敷の前で独り言)
兼通 『秋ともなれば、田畑の収穫も終わり、村人の家々からは、夕げの支度をする
煙がたなびくものだ。わしは、屋敷からその様を眺めるのが好きなのだ。
錦織りなす秋の里山、あちこちに上がる白い煙。それはまこと平穏な村の姿。
それがどうだ。今年は、一筋の煙も見えぬ。そうして、人々の嘆き悲しむ声
が、わしの屋敷にも日毎・夜毎聞こえてくる・・・。
薄気味の悪いことだ。一体、何が起きているというのだ?』
けさ松 (弱々しく泣きながら、下手より登場)
兼通 『これ ぼうず、どうしたのだ? なぜ 泣いておる?』
けさ松 『おっかさまが・・・。』
兼通 『おっかさまが、どうした?』
けさ松 『死んちまっただ。』
兼通 『何? おっかさまが死んだ? なぜだ?』
(けさ松は、静かに泣くばかり)
兼通 『病気か?』
(けさ松、首を横に振る)
兼通 『怪我をしたのか?』
(けさ松、首を横に振る)
兼通 『もしや、誰かに殺められたか?』
けさ松 『食いもん、あれぎり 持っていがっちゃ・・・。』
兼通 『ん? 誰かが、お前とおっかさまの食べ物を奪ったと、言うのか?』
(けさ松、うなずく)
兼通 『そんなむごいことをしたのは、誰だ?』
けさ松 『地主さまと、お大尽さま・・・。』
兼通 『何?(絶句する)わしは、こんな いたいけな子供を飢えさせた覚えはないぞ。
嘘だ、そんなはずは・・・そんなはずは、ない。お前達村人の食い扶持は、
残しているはず・・・。』
けさ松 『いつもの年だら、んだべげんとも、今年は凶作で飢饉で、米も麦も、草まで
枯れっちまった。年貢、取立てで、あれぎり持ってがっちぇ、跡さ、なんに
も残ってねぇ。
おとっつぁまは、死んだ。あんにゃも、あんねも・・・。さよだけが残って
・・・。』
兼通 『さよ? さよとは、お前の妹か?』
けさ松 『(うなずく)おら、お大尽さまに頼みさ行ぐべと思って 出がげで来ただ。
おらなんか・・・おらなんか どうなったっで、かまねぇ。んでも、さよを
・・・さよだげでも 何とか助けでくんちぇって、頼みさ 行ぐだ。』
兼通 『こんな幼い身で、妹を助けたい一心で来たというのか・・・。
何としたことだ。村に煙が上がらなかったのは、夕げの支度ができなかった
からか・・・。
あの声は、父や母が我が子を亡くした、嘆きの声か・・・。』
(兼通、ハッと思い当たって)
兼通 『そうだ! その昔、我がご先祖は、信州からたどり着いたこの地で、娘から
貰ったじゅうねんだんごに、命を救われたと聞いたことが・・・。』
(フラフラとよろめくけさ松を、兼通が抱き止める)
兼通 『どうした? しっかりせい。』
けさ松 『おらも は〜、もうじき三途の川さ 行ぐ。おとっつぁまや、おっかさまに
も、すぐに、いっきゃえる・・・。』
兼通 『馬鹿を言うでないぞ! わしが、そうはさせぬ。ぼうず、名は 何という?』
けさ松 『けさ松。』
兼通 『けさ松よ。わしは、何という愚か者だったか。我が蔵を満たしても、村人の
胃の腑を満たすことをしなければ、いずれ 我が身も滅ぶというものを・・・。
けさ松、待てよ。お前と妹に、いや、村人全てにうまい飯を食わせてやるぞ。
米がなくなったら、ヒエや粟や じゅうねんのだんごを作れば良い。美味い
だんごを、一緒に食おうぞ。なあ、けさ松。』
(けさ松、答えず)
兼通 『けさ松、けさ松、どうした。死ぬでないぞ。ほらほら、わしの背に・・・。』
(兼通、けさ松を背負って)
兼通 『お前達を必ず、助けてやる!けさ松、お前に会わなんだら、七代目三九郎は、
危うく、恩知らずの三九郎となるところだった。』
けさ松 『(切れ切れに)ぬぐいな〜・・・。この背中、あったげぇな〜。』
兼通 『(涙が、込み上げてくる)幼子の心も知らず、何が風流だ? わしの今まで
してきたことの、何と空ろなことか・・・。
けさ松、わしは、これからお前達と一緒に、本当の人生を生きるのだ。』
(けさ松を背負い、兼通上手に退場)
(キジ、上手より登場)
キジ 『七代目三九郎 兼通は、この後、屋敷の蔵という蔵から 惜しみなく米を
村人に与え、米が尽きれば、ヒエ・粟・じゅうねんでだんごを作り、村人
に分け与えたそうでございます。
兼通は、これよりほどなくして、病に倒れました。
しかし、兼通のそばには、ひたむきに世話をする けさ松の姿があったそ
うでございます。』
ケ〜ン(舞台を一回り、飛び回って)
二百余年に渡って、葛尾村に繁栄をもたらした葛尾大尽・松本三九郎一族
は、その後(のち)、二度の大火に見舞われ、一族はこの地を離れ、今や、
イネが寄進した大日如来像や、屋敷跡が残るばかりとなりました。
しかし、今も残る葛尾大尽の物語は、春に桜が咲くごとく、秋に紅葉が色
づくごとく、葛尾の人々にいつまでも語り継がれてゆくことでしょう。
葛尾大尽物語は、「三匹獅子舞」のうちに、幕とあいなりまする。
(「三匹獅子舞」が、子ども達によって舞われ、人形がそれぞれ登場し、
最後にキジが「終」の布を下げて)
― 幕 ―