人形劇 葛尾大尽物語

人形劇葛尾大尽物語

 



 



第一場





  (闇の中「葛尾大尽荒屋敷」の吟詠が流れ、落城の風景)


  (一転して、緑豊かな里山の風景)


  (一羽のキジが舞い降りる、客席に向かって)


キジ   『私(わたくし)、奥州阿武隈の地に住むキジで

             ございます。三春・相馬両藩に治められておりま

             したこの地に、天正の頃、一人の武士がやって参りました。

      身はやつれておりますが、眼光鋭く、由緒正しい家柄の出とおぼしき、品位を

      持つ若者なのでありました。』


  (下手に退場)


  (上手より、勘ケ由介、杖をつきつつ登場)


勘ケ由介 『信州葛尾の地を追われ、故郷を遠く離れて来たけれど、ここは一体、どこなの

      だろう。緑豊かなこの地、光は輝くけれど私の心は、なんと寂しい。武田勢と

      の戦いに勝ちさえすれば、私には洋々たる未来が待っていたのだ。

      父上は、母上は、どうなったのだろう。ああ、こうして奥州の山中をさまよう

      ことが、私の運命(さだめ)と言うのか・・・。

      あてもなくさすらい、やがて朽ち果てることが私の運命と言うのか・・・。

      ならば、神を、仏を呪いたい。』


  (勘ケ由介、くずれて地にひれ伏す)


  (おみつ、手に持つ草で調子を取りながら、歌を歌って下手から登場)


おみつ  『あれっ?』(勘ケ由介を見つけて、袖幕に身を隠す)


勘ケ由介 (おみつを認めて)

     『これ、その者、出て参れ。』


     (おみつ、用心してチラチラ見ている)

     『私は、怪しい者ではないぞ。』


おみつ  『怪しいもんは、みんな、我がでは怪しぐねぇって 言うんだ。おとっつぁまがそ

      う言ってたど。』


勘ケ由介 『(小さく笑って)はっ、はっ、はっ、そうか、賢いおとっつぁまだな。』


おみつ  『(父親を褒められ、気分がよくなって)おんつぁま。』(近づく)


勘ケ由介 『(心の中でつぶやく)おんつぁま、せめてお兄ちゃんと言うて欲しいが・・・。』


おみつ  『おんつぁま、こごで何してただ?』


勘ケ由介 『実はな、信州信濃を追われ追われて・・・』(等々と身の上話をしようとするが)


おみつ  『昼寝してただか?』


勘ケ由介 『昼寝? そのような呑気なものではない。つまり、信州を追われ追われて・・』


おみつ  『なんだどって杖なんかついてんだ? おんつぁま、目ぇでもわりぃだか?』


勘ケ由介 『目は良く見える。そなたの可愛い顔も良く見えるぞ。』


おみつ  『えへっ!(嬉しい)』


勘ケ由介 『実は、その・・・立っていられぬのだ。』


おみつ  『な〜してぇ? 足わりぃだか?』


勘ケ由介 『いや、足も悪くはない。ただ・・・。』


おみつ  『ただ?』


勘ケ由介 『腹が・・・。』


おみつ  『腹〜? 腹いてぇだか? あっ、んだんだ。地蔵様さ あがってだお供え物、

      あのだんご食っただな。

      あれなあ、おらえのおっかさま、十日も前にあげただど。

      あんなだんご カラスも食わねぇ。おんつぁま、あれ食っただべ?』


勘ケ由介 『いや、そうではない。そなた、よくしゃべるな。』


  (勘ケ由介、目が回ってクラクラと体が動く)


おみつ  『なじょした?』


勘ケ由介 『なんの、これしき。腹が・・などとは言えぬ。武士の恥じゃ。』


おみつ  『何 ゴニョゴニョくっちゃべってんだ? 言いでごどを言わねっでと、病気の

      もど。ほれ、おらが背中叩いてけっから(くれるから)、

      言いでごど 言わっしぇ! 』


勘ケ由介 『あ〜 これこれ、背中を叩かれて、その上 蹴られたんでは、

      どうにもたまらぬ。』


おみつ  『何 かだってんだ。あんべぇわりぃ人、蹴っ飛ばしたりしねがら、言いでごど

      早ぐ言わっしぇ』


勘ケ由介 『しかし』


おみつ  『しかしも、へちまもねぇって! 』


勘ケ由介 『腹が・・・。』


おみつ  『腹が なじょした?』(背中を叩きながら)


勘ケ由介 『腹が減っている! 』


おみつ  『んだのがぁ。』(笑い出す。勘ケ由介もつられて笑う)


勘ケ由介 『雨露をしのぐこと、三日も立とうか。腹が減って目が回る。』


おみつ  『んだったのなぁ。(何か考えていたが)おんつぁま、黙ってこごさ いらっし

      ぇよ。おみつ、ちょっこら 家さ行ってくっがら。』


勘ケ由介 『おみつとやら、どうするのじゃ?』


  (おみつ、キーンと走って行き、キーンとだんごを持ってくる)


おみつ  『はいよ おんつぁま、おっかさまが寄ごした。』


勘ケ由介 『何? これを私にくれると言うのか?』


おみつ  『うん、できたばっかしのじゅうねんだんごだど。早ぐ、食わっしぇ! 』


勘ケ由介 『かたじけない。うれしいぞ。

      (夢中で食べながら、勘ケ由介 流れる涙を抑えられない)

      うまい。おみつ、本当にうまいぞ。』


おみつ  『んだか? ほんだ良がったな〜。』


勘ケ由介 『なあ おみつ、拙者 何か恩返しをしたい。』


おみつ  『恩げえし?』


勘ケ由介 『そう、何かそなたの役に立つことをしたい。』


おみつ  『う〜ん。(考えて)んだな〜おら 読み書ぎでぎねがら、字が習いでぇな。』


勘ケ由介 『よし、字を教えることなら、拙者にもできるぞ。』


おみつ  『んだら おんつぁま、おみつの家さ 行ぐべ。(振り返って)

      早ぐ こらっしぇ! 』


勘ケ由介 『(ためらうが)うん 行ってみよう。』

     (周りをぐるりと見回して)

     『ここは、存外 良い所らしい。おみつ、ここは何と言う?』


おみつ  『おら 知んにぇ。』


勘ケ由介 『拙者、この地を「葛尾」と呼びたい。郷里の葛尾のごとく豊かな地となるよう

      に、この地を「葛尾」と呼ぼう。きっと栄える地となるように 拙者は労を惜

      しまぬ。』


おみつ  『か、づ、ら、お?』


勘ケ由介 『そうだ。気に入ったか?』


おみつ  『うん、気に入った。』


  (二人、笑いながら下手に退場)


  (キジが二人を見送るように、上手から登場)


キジ   『こうして信州よりの落人、勘ケ由介は「葛尾」の住人となりました。勘ケ由介

      は、村人に学問を教え、やがて 藩侯に仕えるまでになりました。村は、少し

      ずつ豊かな地となったのでございます。

      後に、勘ケ由介の子孫に当たる好倉(よしくら)が商いを手広くして、松本三

      九郎と名のり、村人は三九郎一族を「葛尾大尽」と呼び称えたのでありました。

      これより、およそ二百年に及ぶ「葛尾大尽物語」の第一章でございました。』


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